インタビュイー:畑中章良 さん(MIHO MUSEUM 学芸部長)
「信楽—壺中の天」(1999)「乾山—幽邃と風雅の世界」(2004)、「古陶の譜—中世のやきもの」(2010)などの特別展を担当。企画立案された乾山料理写真集『美し(うまし うるはし)乾山 四季彩菜』は、「グルマン世界料理本大賞」写真部門でグランプリ(2006)とベスト・オブ・ザ・ベスト(2008)20年間のベスト・オブ・ザ・ベスト2015を受賞。
インタビュアー:横山雅駿(コトポッター店主)
Q. 乾山と琳派
横山:ここまでのお話しで乾山の作陶や背景が少しづつわかってきました。続いては琳派との関係についてもお伺いできればと思います。さきほど「琳派は幕府に対する反発」とおっしゃっていましたが、どういったことでしょうか?
畑中さん: 秀吉の頃は京都、大阪が日本の中心でしたけど、江戸時代になると向こうに江戸になってしまう。東の方に政治の中心を取られちゃったわけですよ。琳派は絵で文化の中心は京都だということを示したんです。
- 洛中洛外図屏風 所蔵:九州国立博物館
- 画像:Colbase
- 乾山の生きた時代、寛永年間(一六二四~四五)の京都の景観
横山:すごい口が悪いんですけど、「江戸なんて田舎」って意味でしょうか?
畑中さん:京都の人っていやらしいって言うじゃないですか。思っていることもはっきり言わないとか言うんですけど、本音と言っていることが違うっていうね。それも一つの文化で千年以上続いています。思っていることを露骨に言わずに見せるとかね。ぶぶ漬け(お茶漬け)なんて有名じゃないですか?実は私も体験したことがありますが(笑)。
(ぶぶ漬け。京都では客人にお茶漬けを出し、退室を促すという意味があるとかないとか)
横山:私は京都生まれではないですが、なんとなくおっしゃることはわかります(笑)。
畑中さん:ね(笑)。はっきり言わなくても伝わるという、角を立てないという独特の人間の作り方が京都のね、やっぱり間口が狭くて奥が深いという文化だと思うんですよね。それで出来上がっていくのが、いわゆる琳派のスタート。ある意味で都の人としてのプライド。それを秘めていると思いますよね、乾山とか琳派の作品というのはね。
Q. 乾山焼にこめられた意味
横山:個人的にすごい気になっていたのが、乾山の作品に描かれている漢詩や和歌。あれらはすべてどこかからの引用なのでしょうか?
畑中さん:ほとんど出典があるんですよ。乾山の父親から譲り受けた書物もたくさんあり、自ら手に入れたものもあるでしょうし、膨大な書物をもっていたと思います。
横山:例えば、乾山が参考にしていた書物にはどのようなものがありますか?
畑中さん:円機活法という本が有名ですけど。あの本をよく読んでいたと思います。だいたい角皿など銹絵の作品、あれに漢字の詩が入っているのは、そこから引っ張っているのが多いんですよね。
また、和歌も三条西実隆が書いた室町時代の歌集から引っ張ってきていることが多いんですね。自作がゼロというのは言い切れませんが、だいたいそこから引っ張ってきているのが多いですね。
- 源氏物語 紫式部
- 画像:Colbase
- 前半部は三条西実隆が書写している。
横山:先ほどもお話しにあがったように、乾山は相当な知識量をもっていたんですね。
畑中さん:はい。いやらしい話ですが、自分の教養をひけらかしているとも、取れなくはないんですよ(笑)。自分がどれだけモノを知っているかをうつわに入れているんです。
横山:なるほど。うつわに込められた意味を知らないと、乾山焼の良さはわからない。うつわを使う側も知識を試されることもありそうですね。
畑中さん:そうですね。知識を持っている人は、うつわのモチーフやその意味の理解ができるんですよ。乾山焼を使う人もそういう教養の見せ方ができます。
例えば、立田川という名前がついている向付ですが、立田川を題材にした和歌がたくさんあるんですね。
- 色絵竜田川図向付 所蔵:MIHO MUSEUM
- 画像:乾山~幽邃と風雅の世界~ MIHO MUSEUM
横山:乾山の作品の中でも竜田川はとても有名なうつわですね。
畑中さん:当時、このうつわを主人が相手に出して、「これが立田川ですよ」なんて説明はおそらくないでしょう。楓の葉っぱに波みたいなものの絵が入っているなというところから連想していくわけですね。
横山:説明がないんですか?
畑中さん:はい、あえて説明はしません。しかし、立田川の歌を知っていたら『これは立田川がモチーフか』となってくるわけですよね。その知識が浮かんでくる。お茶席で出された場合、自分がその歌を読んだりすると、一歩深いところに入ったやり取りができる。
- 龍田川図 狩野探信
- 画像:Colbase
- 龍田川は、「千早ぶる神代もきかず龍田川唐紅に水くくるとは」(『古今集』)と在原業平が詠んだ屏風歌(びょうぶうた)でも知られる紅葉の名所
横山:今でこそ、このうつわが竜田川という絵というのは有名ですが、知らずに出されたら思い浮かばないですね…。
畑中さん:うつわとして見たら綺麗な色で変わった形だなと思うかもしれませんが、教養を備えている人が見たときに、どう反応するかというのが京都の文化なんですよね。
横山:それは…(笑)。もしわからなければ、相手から「この人、教養がないんだな」と思われ、お茶席の大事な話が流れたりするわけですよね…。
畑中さん:はい、そうです。作り手はその辺を意識して仕込むんです。相手を試すような仕掛けがあるんですよね。
横山:いやらしいというか、怖いというか…。自分でしたら「わあ、キレイなうつわ!いただきます!」と言ってしまいそうです。
畑中さん:他にもありますよ。例えばこれ。
- 色絵薄(すすき)図蓋茶碗 所蔵:MIHO MUSEUM
- 画像:乾山~幽邃と風雅の世界~ MIHO MUSEUM
畑中さん:薄いって書いてすすき、この縦横に描かれた銹絵の線がすすきなんですよ。それも琳派の図案化した意匠で、すすきとわかれば理解できます。この緑の模様はなんだかわかりますか?
横山:山…でしょうか?
畑中さん::山も近いですが、これは原っぱなんですよ。すすきの野原、広大な平野が広がっている様子を表現しているんです。ですが、このうつわが表現しているのはもっと深いところにあります。すすきの野原、当時の広大な平野と言えばどこだと思いますか?
横山:………。あっ、江戸ですか?
畑中さん:江戸、そう関東平野。つまり、※武蔵野(むさしの)の表現にも繋がっているんです。でも、もう少し踏み込む必要があります。武蔵野は都から見たらもう東のはずれです。平安時代では日本じゃないという感じでした。
※武蔵野・・・武蔵野原、関東平野を指す。どこまでもつづく原野、すすきの名所。
- 武蔵野図屏風17世紀 筆者不詳 所蔵:東京国立博物館
- 画像:Colbase
横山:あれ。また、都人が江戸を田舎と皮肉を言っているってことでしょうか?
畑中さん:今回は違います(笑)。在原業平の伊勢物語、失意のはてに都から東へ向かう“東下り”を表しているんです。
- 蔦の細道図屏風 所蔵:東京国立博物館
- 画像:Colbase
- 『伊勢物語』第九段「東下り」より。傷心で都を離れた男が東国に向かう場面。
畑中さん:三色の単純化したデザインのうつわに、ここまで教養と知識を詰め込んでいる。ただの絵付けではないんですよ。意味が深いんです。
横山:竜田川のうつわよりさらに複雑で奥が深いですね。その仕掛けが本当に面白いですね。
畑中さん:はい、乾山は本当に頭が良く、知識もあったと思いますよ。書物から得た情報や教養、そしてアウトプットの方法が素晴らしいですね。
横山:その考えの中で、新しい作品を生み出していたんですね。
畑中さん:そうです。それを職人さんに伝えて、プロデュースしていたんでしょうね。
横山:一つのうつわにこれだけの創作をつぎ込む姿勢。乾山の作品数の多さもあって、作陶にどれだけ熱量があったのか伝わってきます。
畑中さん:そうですね。自分が生み出すという感覚を持っていたので思っていることを形にしていたんだと思います。
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